法律勉強道

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刑法総論試験対策 中止犯

「中止犯について事例を 5 つ挙げて説明せよ。」
1. 「中止犯」ないし「中止未遂」とは、実行に着手したものの「自己の意思により犯罪を
中止した」場合をいう(43 条ただし書)。外部的障碍によって既遂に至らなかった「障
碍未遂」の効果が刑の任意的減免である(43 条本文)に対して、中止犯の効果は刑の必
要的減軽または免除である。
2. この必要的減免の根拠については、主として以下の3つの学説が主張されている。
ア 中止未遂を寛大に扱うことによって犯罪の完成を未然に防止しようとする政策的な
配慮にあるとする刑事政策説がある。しかし、43 条ただし書は、中止未遂を不可罰
とするのではなく、必要的減免を認めているに過ぎないことから、「後戻りのための
黄金の橋」という説明は妥当とは言い難い。
イ 中止により結果発生の具体的危険性が減少することにあるとする違法性減少説があ
る。しかし、法益侵害に至らなかったのは障碍未遂も同じであり、中止犯は既遂と比
べて違法性が減少するとしても障碍未遂と比べて違法性が減少するとはいえない。
ウ 自己の意思により中止したことで非難可能性が減少することにあるとする責任減少
説がある。責任減少説に対しては、規範意識の覚醒に基づく中止行為があれば既遂結
果が生じても刑の減免を認めるのが一貫しているが、その帰結は中止犯を未遂犯の
一種として規定している現行法に反する。
エ そこで、任意の中止行為に出た者については、その法益敵対態度の消滅によって改
善・教育の必要性が低下するとともに、一般人の法益尊重意識の低下を防ぐという意
味での一般予防の必要性も低下するため、当該行為の要罰性が低下するとする刑罰
目的説が妥当であろう。
3. 次に、中止犯の成立要件について検討する。中止犯が成立するためには、①犯罪の実行
に着手したが、②行為者が自己の意思により(中止の任意性)、③犯罪を中止したこと(中
止行為)、および④構成要件的結果が発生しなかったことが必要である。また、これら
に加えて、⑤犯罪行為と結果の不発生との間の因果関係を要求する見解もある。
以下、中止未遂に固有の要件である②③⑤を検討する。
⑴ いかなる場合に「自己の意思により」といえるのかについては、学説上争いがある。
ア まず、犯罪の完成を妨げる外部的事情が行為者のやめるという動機に影響を与え
たか否かを基準とする主観説がある。しかし、人の意思決定は何らかの外界の刺激
(外部的事情)に基づいてなされるのが通常である以上、主観説は狭きに失するとい
えよう。
イ 次に、行為者の認識した外部的事情が、一般人にとって通常障碍となるべき性質の
ものか否かを基準とする客観説がある。しかし、一般人を基準とすることは、やは
り、「自分の意思により」という文言と相いれないといえよう。ウ そこで、今日有力なのは、外部的事情を行為者がどう受け取ったかを基準とし、外
部的事情が、行為者に対しある程度必然的に(あるいは強制的に)中止を決意させた
か否かで判断する折衷説である。この見解が妥当であるといえよう。
⑵ 次に、「中止行為」について検討する。中止行為の様態には、①以後の行為の遂行を
取りやめるという不作為で足りる場合と、②結果回避のための積極的な作為が必要
な場合がある。以下、具体的な事例を挙げて検討する。
〔事例1〕拳銃を 2 発撃って A を殺害するつもりであったが、1 発撃ったところで
2発目の発射を取りやめたという事例。
ア まず、両者は実行行為の前後で区別されるとする前提のもとに、実行行為の終了を
当初の行為者の計画によって判断する主観説がある。
本説からは、実行行為が終了していないことから 1 発目で A に瀕死の重傷を負
わせていても、2 発目の発射を取りやめるという不作為で中止犯が認められる。
しかし、死に迫りうる危険を除去せずに放置することは、法益保護の要請にこた
えるものではなく、これを中止行為として認めるべきではない。
イ 次に、結果を発生させうる行為が遂行されたかによって判断する客観説がある。
本説によれば、1発目の発射によって既に実行行為が終了しているから結果回
避のための作為が必要となり、1発目が外れた場合には結果回避のための作為を
想定しえないため中止犯の成立の余地はない。
しかし、この帰結は、1 発目があったたときに中止犯の可能性があり、不均衡で
ある。
ウ そこで、中止行為が問題とされる時点における危険に注目し、結果の発生が行為者
の不作為にかかっている場合には以後の行為を取りやめるという不作為で足りる
のに対して、すでに結果に向けた物理的な因果の流れが始動している場合にはそ
れを遮断する作為が必要であるとする因果関係遮断説が妥当であろう。
本説によれば、1 発目が外れた場合には、2 発目の発射を取りやめる事で足りる
のに対して、1 発目で瀕死の重傷を負わせた場合には、A を病院に搬送し治療を受
けさせるなどの結果回避のための作為が必要となる。
⑶ 結果の不発生との間の因果関係を検討する。
中止犯を「犯罪の裏返し」とみる裏返しの理論からは、中止構成要件においては中止
行為と結果不発生との間に因果関係が必要であるとされる。中止犯における刑の減免
は、第1次的には未遂犯自体に対する要罰性を低下させたことを理由とするものであ
るから、中止構成要件は未遂構成要件の裏返しとみて、未遂犯の違法性を基礎づける危
険を除去したといえれば、中止行為(広義)の要件をみたすと考えるべきである。
4. 以下、具体的に 4 つの事例を挙げて中止犯における要件を検討する。
⑴ まず、「中止行為」について検討する。
ア 〔事例2〕Ⅹの意を受けた Y が殺意を以て日本刀で A の肩に切りつけ、さらに二の太刀を加えて息の根を止めようとしたところで、Ⅹが Y に「もういい、Y 行く
ぞ」と言って攻撃をやめさせ、A を病院に行くよう指示したという事案で、判例は、
「A が受けた傷害の程度も右肩部の長さ 22 センチメートルの切創であって、その
傷の深さは骨に達しない程度のものであった」ことから、殺人罪の着手未遂として
中止犯の成立を認めた。本判決は、基本的に因果関係遮断説に依拠したものといえ
る。
⑵ 次に、「積極的な中止行為」について検討する。
ア 〔事例3〕建造物に放火した後に、その火勢に恐怖心を抱き、隣家に向かって「放
火したので、よろしく頼む」と叫んで走り去ったという事案で、判例は、犯人自身
が防止にあったたのと同視するに足りる程度の努力を払っていないという理由で
中止犯の成立を否定した。
イ 〔事例4〕殺意を以て2歳の男児 A に睡眠薬を飲ませたところ、A が口から泡を
吹き始めたので大変なことをしたと悟り、110 番に電話して駆けつけた警察官の助
力を得て A を病院に搬送し治療を受けさせたⅩについて、「その処置は、当時の差
し迫った状況下において、Ⅹとして採り得るべき最も適切な善後手段であった」と
したうえで、「Ⅹとしては、A の死の結果を防止するため、Ⅹ自身その防止にあた
ったと同視しうるに足るべき程度の真摯な努力を払ったもの」であるとして、中止
犯の成立を認めた。
ウ 他人の助力を得た場合、危険の除去を自己の行為の所産として行為者自身に帰属
させるために、危険除去に相応しい積極的な行動が必要である。しかし、「真摯な
努力」という公式は、これを超えて純粋に倫理的な要求まで含みうる点で、違法減
少の観点はもとより、責任減少の観点からも支持しがたい。
⑶ 最後に「任意性」について考える。
〔事例5〕未必の故意をもって A の頸部をナイフで突き刺したところ、大量の血を吐
き出すのを見て驚愕するとともに、大変なことをしたと思って救急車を呼んだという
事案で、判例は、「『大変なことをした。』との思いには、本件犯行に対する反省、悔悟
の情が込められている」とし、任意性を肯定している。本判決は、悔悟・同情など、広
義の後悔に基づいて中止した場合にのみ任意性を認める限定主観説を採るものといえ
るが、広義の後悔まで要求するのは、「自己の意思により」という文言からは無理があ
るといわざるをえない。よって、前述の折衷説が妥当であろう。

以上