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刑法総論試験対策 抽象的事実の錯誤

「抽象的事実の錯誤について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 認識していた犯罪事実と現実に存在した犯罪事実とが一致しない場合を「事実の錯誤」
という。事実の錯誤は、同一犯罪類型内で生じた「具体的事実の錯誤」と、異なる犯罪
類型間で生じた「抽象的事実の錯誤」とに分類される。
2. 刑法 38 条 2 項は、「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当
たることとなる事実を知らなかった者は、その重い刑によって処断することはできな
い」と規定しているが、①発生した罪の方が認識した罪より重い場合、重い刑で処断で
きないならば、軽い罪で処断できるのか、②認識した罪の方が発生した罪より重い場合、
どのように処断するのか、について明文の規定がない。そこで、抽象的事実の錯誤にお
いて、故意を認める基準をいかに解するべきかが問題となる。
⑴ まず、故意の内容を犯罪意思一般にまで抽象化し、抽象的事実の錯誤の事案において
も広く故意犯の成立を肯定する抽象的符合説がある。しかし、何らかの犯罪意思があ
れば故意を阻却しないとするのは、罪刑法定主義責任主義に反するため、妥当では
ない。
⑵ そもそも、故意の本質は、規範に直面して反対動機の形成が可能であったにもかかわ
らずあえて行為に及んだことに対する強い道義的非難にあった。そして、かかる規範
は、構成要件のかたちで国民に与えられている。そこで、原則として、抽象的事実の
錯誤は故意が阻却されるが、行為者の認識した事実と、現実に発生した事実の構成要
件が重なり合う場合には、その重なり合う限度で規範に直面したといえ、例外的に故
意を阻却しないとする法定的符合説が妥当であると解する。
⑶ しかし、法定的符合説における構成要件の重なり合いとは何であるかという点で争
いがある。
ア まず、例えば、業務上横領(253 条)と単純横領(252 条)等のように、一方が他方を
包摂し、一つの犯罪行為が外観上数個の刑罰法規に当てはまるが実質的にはその
一つだけが適用される法条競合にある場合にのみ、重なり合いを認めるとする形
式的符合説がある。しかし、これでは、故意犯の成立範囲が極めて狭くなってしま
うため妥当でない。
イ そこで、構成要件は法益侵害行為を類型化したものであるから、かかる重なり合い
の有無は、保護法益や行為様態の共通性等を基礎として、実質的な重なり合いがあ
るか否かで判断する実質的符合説が妥当と解するべきであろう。
3. では、実際に、判例はどのようにして実質的な重なり合いを認めてきたかを検討する。
⑴ まず、〔事例1〕殺人(199 条)の認識で、尊属殺人(旧刑法 200 条)の結果が発生した
事案について、両構成要件は、形式的にも重なりが認められるとし、殺人の限度で犯
罪が成立するとした。⑵ また、〔事例2〕同意殺人(202 条)の認識で、殺人の結果が発生した事案については、
同意殺人罪が成立するとした。このように、判例はまず、加重・減軽関係にある犯罪
類型間で、符合を認めている。
⑶ 〔事例3〕占有離脱物横領(254 条)の認識で、窃盗(235 条)の結果が発生した事案に
ついては、占有離脱物横領罪と窃盗罪は、実質的に加重・減軽関係とみなせるとして、
占有離脱物横領罪が成立するとした。
⑷ さらに、罪質と法定刑の共通性が認められるものとして、
〔事例4〕虚偽公文書作成(156 条)の教唆を共謀したところ、共謀の相手方が、公文
書偽造(155 条)を教唆した事案では、罪質と法定刑の共通性を根拠に、両罪の重なり
合いを認め、公文書偽造罪の教唆犯の成立を肯定した。
⑸ 他にも、〔事例5〕覚せい剤輸入の認識で、麻薬輸入の結果が発生した事案では、麻
薬と覚せい剤の類似性を踏まえて、両罪の実質的な重なり合いがあるとして、客観的
に生じた麻薬輸入罪の成立を認めている。
4. このように、抽象的事実の錯誤は、判例においても、実質的符合説がとられていると考
えられる。また、客観的にみて、その罪質や法定刑の共通性がみられるものには、実際
に発生した犯罪の成立を認めている。
以上