法律勉強道

法律について書きます。

刑法総論試験対策 方法の錯誤

「方法の錯誤について、他説を批判しつつ論ぜよ。
なお、解答中に事例を2つ以上あげること」
1. 認識していた犯罪事実と現実に発生した犯罪事実とが一致しない場合を「事実の錯誤」
という。事実の錯誤は、一方で、同一犯罪類型内で生じた「具体的事実の錯誤」と、異
なる犯罪類型間で生じた「抽象的事実の錯誤」とに分類され、他方で、客体の同一性や
属性を誤認した「客体の錯誤」、認識した客体とは別の客体に結果が生じた「方法の錯
誤」、認識と異なる経過をたどって結果が発生した「因果関係の錯誤」に分けられる。
この方法の錯誤につき、認識していない客体に生じた結果に対しての故意犯が成立す
るかが問題となる。なお、故意犯が認められない場合、38 条 1 項により不可罰若しく
は過失犯となる。
2. 〔事例1〕Ⅹが A を狙って発砲したところ、弾丸が逸れて予想外の B を死亡させたと
いう方法の錯誤の事例につき、
Ⅹに故意犯が成立するか検討する。
⑴ 行為者の認識した事実と発生した事実とが具体的に符合する限りで故意犯の成立を
認める具体的符合説(具体的法定符合説)がある。この説によれば、本件では、行為者
の故意は A にのみ向けられているので、A に対する殺人未遂罪及び B に対する過失
致死罪が成立する。
⑵ 構成要件の認識があれば規範に直面しているという理由から、認識事実と発生事実
とが同一の犯罪類型に属する限りで故意犯の成立を認める法定的符合説(抽象的法定
的符合説)がある。
しかし、法定的符合説が故意の内容を「およそ人を殺害する意思」として抽象化す
る意思であるとすれば、故意は事実的基盤から遊離した観念的な存在となり、外界に
生じた犯罪事実をその意思の所産として行為者に帰属させる機能を果たせなくなる。
方法の錯誤では、認識した構成要件該当事実と発生した構成要件該当事実の同一性
が欠けるのであって、故意には構成要件該当事実の認識が必要であるという前提か
らも、具体的符合説の正当性が導かれる。が、判例・通説は法定的符合説(抽象的法
定符合説)と採用している。
3. 次に、具体的事実の錯誤につき法定的符合説に立脚した場合には、更に成立する故意犯
の個数が問題となることがある。以下、検討する。
〔事例2〕Ⅹが、A を狙って発砲したところ、A を貫通したうえ、予想外の B を死亡さ
せたという事例につき、
Ⅹに複数の故意犯が成立するのは妥当なのであろうか。
責任主義の観点から、1つの故意について故意犯は1つのみ成立するとして、発生し
た犯罪事実のうち最も重い結果に対し 1 つの故意犯の成立を認めれば足り、それ以外の結果に対しては、原則として過失犯が成立するにとどまるとする一故意犯説が
ある。本件では、重い A に対する殺人罪故意犯が成立、B については過失傷害罪
が成立し、両罪は観念的競合(54 条 1 項前段)として科刑上一罪として処理される。
しかし、〔事例3〕A を狙って発砲したところ、A に重傷を負わせたうえ、予想外
の B を死亡させたという場合には、最も重い結果が生じた B に対する故意を認め A
について過失を認めることになるが、これは A に対する故意を B に転用することを
意味し、故意が心理的事実であることを無視するものである。
⑵ そもそも法定的符合説は、故意の内容を構成要件の範囲で抽象化して考えるのであ
るから、故意の個数は観念できないというべきである。そこで、発生した事実の数だ
故意犯が成立すると考える数故意犯説が妥当であろう。このとき、1 つの故意に複
数の故意犯が成立することになるが、観念的競合として科刑上一罪となるから、初段
上格別の不都合は生じないはずである。本件においては、A と B の両名に対して故
意が認められ、結果のある A に対しては殺人罪、結果のない B に対しては殺人未遂
罪が成立する。また、A が負傷、B が死亡した場合では A に対する殺人未遂罪と B
に対する殺人罪が成立する。なお、二罪が成立するがそれぞれの罪は観念的競合から
科刑上一罪として処理される。
以上

刑法総論試験対策 不作為犯

「不作為について事例を5つ挙げたうえで説明せよ。」
1. 不作為犯とは、不作為によって犯罪を実現する場合をいう。この不作為犯は、真正不作
為犯と不真正不作為犯に分かれる。真正不作為犯とは、不退去罪(130 条後段)のように
構成要件が不作為の形式で規定されている場合をいう。これに対し、不真正作為犯とは、
殺人罪(199 条)のように構成要件が作為の形式で規定されている犯罪を不作為によっ
て実現する場合をいう。
2. 以上の不作為犯のうち、不真正不作為犯については、そもそも、その成立を肯定するこ
とが類推解釈にあたり罪刑法定主義に反するのではないかが問題となる。この点、構成
要件が作為の形式で規定されている場合でも、日常用語例として不作為による遂行形
態を含んでいると解することができるから、罪刑法定主義に反しないと考えていく。
3. では、いかなる場合に不真正不作為犯の実行行為性を肯定することができるのか。
ア そもそも、実行行為とは、特定の構成要件に該当する法益侵害の現実的危険を有する
行為であった。したがって、不作為も実行行為たりうるはずである。
イ もっとも、およそあらゆる不作為に実行行為性を認めるのは自由保障の見地から妥当
でない。
ウ そこで、不真正不作為犯の実行行為性を肯定するためには、不作為が作為による実行
行為と同視できる程の実質を備えていること、すなわち作為との構成要件的同価値性
があることが必要であると考えていく。
4. 不真正不作為犯の実行行為性を肯定するための要件である同価値性が認められるため
には、判例は、①法的な作為義務の存在と②結果回避の可能性・容易性が必要であると
解しているようである。以下、それぞれ検討する。
⑴ 現在の通説は、法益の維持・存続を保障する地位にあって結果防止のために作為義務
を負うものを「保証人」とし、この保証人という身分者の不作為のみが構成要件に該
当する考える。
では、法的な作為義務の発生根拠は何に求められるのであろうか。
ア まず、作為義務の発生根拠を法令、契約、条理(先行行為等)に求める形式的三分説
が考えられる。しかし、形式的三分説を採ると、不作為犯の処罰範囲が不当に拡大
してしまうおそれがある。
イ そこで、救助意思の有無にかかわらず、結果に至る因果関係に対する排他的な支配
を自らの意思で設定した者、並びに、親や管理人のように身分的・社会的関係から
継続的な保護・管理を要請される地位に基づいて、因果関係を排他的に支配してい
る者に作為義務が認められるとする支配領域説が妥当するであろう。
⑵ 法は、人に不可能を強いることはない。したがって、作為の可能性がない状況でなさ
れた不作為については、作為との同価値性が否定される。また、作為の可能性がないとはいえない場合であっても、作為がきわめて困難であった場合には、やはり作為と
の同価値性は否定されるというべきである。
以上の観点から、作為との同価値性が認められるためには、結果回避の可能性・容
易性が必要であると解される。
5. では、実際に、判例においてどのように要件を充足しているかをみていく。
⑴ 不作為はどのような行為に認められるか。
〔事例1〕自動車の運転中に通行人 A をはねて意識不明の重傷を負わせたⅩが、A を
救護するために自車に乗せ事故現場を離れたものの、途中で変心し、深夜、寒気厳し
く人に発見されにくい場所に未必の故意をもって A を放置して立ち去ったが、A は
同人を捜し求めて同所にさしかかった者らに発見・救助されたという事案がある。こ
の場合、A を車から降ろして放置したという「作為」も認められるが、この動作によ
って A の生命に対する危険が有意に高められたわけではないことから、A の生命と
の関係では不作為が問責対象行為として同定され、Ⅹに殺人未遂罪(203 条)が成立す
る。このように、特定の構成要件に該当する法益侵害の具体的危険を惹起する行為
(作為・不作為)に犯罪を認めるようである。
⑵ では、作為義務は誰に認められるのか。
ア 〔事例2〕会社の残業職員Ⅹが自己の不注意で木机が燃えているのを発見したに
もかかわらず、自己の失策が発覚するのをおそれて消火することなく立ち去った
という事案がある。判例によれば、Ⅹは「自己の過失行為により右物件を燃焼させ
た者(また、残業職員)」として消火すべき義務を負うとして、不作為による現住建
造物放火罪(108 条)の成立を認めた。本判決は、先行行為と管理者的地位を根拠に
作為義務を肯定したと解する。
イ 〔事例3〕自動車で通行人 A をはねて歩行不能の重傷を負わせたⅩが、A を自動
車に乗せて現場を立ち去り、降雪中の薄暗い路上に A を降ろしたという事案があ
る。本件において、判例は、道路交通取締法・同施行令(当時)の救護義務を根拠に
「保護責任」を認めているが、Ⅹに意識的な排他的支配の設定も認められる事案で
あって、支配領域説からも不真正不作為犯の要件である作為義務ないし保証人的
地位を認めることができると解するのが妥当である。
ウ 〔事例4〕シャクティ治療を施すことで信奉者を集めていたⅩが、脳内出血で意識
障害のあった信奉者 A を、入院中の病院から自分の滞在するホテルに移動させた
後に、死の結果を未必的に認識・認容しつつ医療措置を受けさせなかったために、
A は痰による起動閉塞を起こして死亡したという事案がる。判例は、Ⅹは自己の帰
責事由により A の生命に具体的な危険を生じさせ、さらにⅩを信奉する A の親族
から A に対する手当を全面的にゆだねられた立場にあるとして、Ⅹに不作為によ
殺人罪の成立を認めた。これは、有責な先行行為とともに、「保護の引き受け」
を作為義務の根拠として明示している。⑶ 結果回避可能性については、〔事例5〕Ⅹが、女性 A に覚せい剤を打って錯乱状態に
陥らせ、そのまま放置して死亡させたという事案がある。本件判例では、「十中八九
同女の救命が可能であった」として、Ⅹの不作為と A の死との因果関係を肯定した。
これは、結果回避可能性があったとして不作為による因果関係を肯定したものと解
する。
6. 以上のように、不作為にも犯罪の成立を認めることは妥当であり、不作為犯成立のため
には、①結果の回避を可能とする作為を②行為者が現実に遂行しえたことを要する。そ
して、作為可能性の判断は、違法類型としての構成要件において、行為者の身体的能力
を基準とした作為可能性が要求されるべきである。

以上

刑法総論試験対策 抽象的事実の錯誤

「抽象的事実の錯誤について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 認識していた犯罪事実と現実に存在した犯罪事実とが一致しない場合を「事実の錯誤」
という。事実の錯誤は、同一犯罪類型内で生じた「具体的事実の錯誤」と、異なる犯罪
類型間で生じた「抽象的事実の錯誤」とに分類される。
2. 刑法 38 条 2 項は、「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当
たることとなる事実を知らなかった者は、その重い刑によって処断することはできな
い」と規定しているが、①発生した罪の方が認識した罪より重い場合、重い刑で処断で
きないならば、軽い罪で処断できるのか、②認識した罪の方が発生した罪より重い場合、
どのように処断するのか、について明文の規定がない。そこで、抽象的事実の錯誤にお
いて、故意を認める基準をいかに解するべきかが問題となる。
⑴ まず、故意の内容を犯罪意思一般にまで抽象化し、抽象的事実の錯誤の事案において
も広く故意犯の成立を肯定する抽象的符合説がある。しかし、何らかの犯罪意思があ
れば故意を阻却しないとするのは、罪刑法定主義責任主義に反するため、妥当では
ない。
⑵ そもそも、故意の本質は、規範に直面して反対動機の形成が可能であったにもかかわ
らずあえて行為に及んだことに対する強い道義的非難にあった。そして、かかる規範
は、構成要件のかたちで国民に与えられている。そこで、原則として、抽象的事実の
錯誤は故意が阻却されるが、行為者の認識した事実と、現実に発生した事実の構成要
件が重なり合う場合には、その重なり合う限度で規範に直面したといえ、例外的に故
意を阻却しないとする法定的符合説が妥当であると解する。
⑶ しかし、法定的符合説における構成要件の重なり合いとは何であるかという点で争
いがある。
ア まず、例えば、業務上横領(253 条)と単純横領(252 条)等のように、一方が他方を
包摂し、一つの犯罪行為が外観上数個の刑罰法規に当てはまるが実質的にはその
一つだけが適用される法条競合にある場合にのみ、重なり合いを認めるとする形
式的符合説がある。しかし、これでは、故意犯の成立範囲が極めて狭くなってしま
うため妥当でない。
イ そこで、構成要件は法益侵害行為を類型化したものであるから、かかる重なり合い
の有無は、保護法益や行為様態の共通性等を基礎として、実質的な重なり合いがあ
るか否かで判断する実質的符合説が妥当と解するべきであろう。
3. では、実際に、判例はどのようにして実質的な重なり合いを認めてきたかを検討する。
⑴ まず、〔事例1〕殺人(199 条)の認識で、尊属殺人(旧刑法 200 条)の結果が発生した
事案について、両構成要件は、形式的にも重なりが認められるとし、殺人の限度で犯
罪が成立するとした。⑵ また、〔事例2〕同意殺人(202 条)の認識で、殺人の結果が発生した事案については、
同意殺人罪が成立するとした。このように、判例はまず、加重・減軽関係にある犯罪
類型間で、符合を認めている。
⑶ 〔事例3〕占有離脱物横領(254 条)の認識で、窃盗(235 条)の結果が発生した事案に
ついては、占有離脱物横領罪と窃盗罪は、実質的に加重・減軽関係とみなせるとして、
占有離脱物横領罪が成立するとした。
⑷ さらに、罪質と法定刑の共通性が認められるものとして、
〔事例4〕虚偽公文書作成(156 条)の教唆を共謀したところ、共謀の相手方が、公文
書偽造(155 条)を教唆した事案では、罪質と法定刑の共通性を根拠に、両罪の重なり
合いを認め、公文書偽造罪の教唆犯の成立を肯定した。
⑸ 他にも、〔事例5〕覚せい剤輸入の認識で、麻薬輸入の結果が発生した事案では、麻
薬と覚せい剤の類似性を踏まえて、両罪の実質的な重なり合いがあるとして、客観的
に生じた麻薬輸入罪の成立を認めている。
4. このように、抽象的事実の錯誤は、判例においても、実質的符合説がとられていると考
えられる。また、客観的にみて、その罪質や法定刑の共通性がみられるものには、実際
に発生した犯罪の成立を認めている。
以上

刑法総論試験対策 中止犯

「中止犯について事例を 5 つ挙げて説明せよ。」
1. 「中止犯」ないし「中止未遂」とは、実行に着手したものの「自己の意思により犯罪を
中止した」場合をいう(43 条ただし書)。外部的障碍によって既遂に至らなかった「障
碍未遂」の効果が刑の任意的減免である(43 条本文)に対して、中止犯の効果は刑の必
要的減軽または免除である。
2. この必要的減免の根拠については、主として以下の3つの学説が主張されている。
ア 中止未遂を寛大に扱うことによって犯罪の完成を未然に防止しようとする政策的な
配慮にあるとする刑事政策説がある。しかし、43 条ただし書は、中止未遂を不可罰
とするのではなく、必要的減免を認めているに過ぎないことから、「後戻りのための
黄金の橋」という説明は妥当とは言い難い。
イ 中止により結果発生の具体的危険性が減少することにあるとする違法性減少説があ
る。しかし、法益侵害に至らなかったのは障碍未遂も同じであり、中止犯は既遂と比
べて違法性が減少するとしても障碍未遂と比べて違法性が減少するとはいえない。
ウ 自己の意思により中止したことで非難可能性が減少することにあるとする責任減少
説がある。責任減少説に対しては、規範意識の覚醒に基づく中止行為があれば既遂結
果が生じても刑の減免を認めるのが一貫しているが、その帰結は中止犯を未遂犯の
一種として規定している現行法に反する。
エ そこで、任意の中止行為に出た者については、その法益敵対態度の消滅によって改
善・教育の必要性が低下するとともに、一般人の法益尊重意識の低下を防ぐという意
味での一般予防の必要性も低下するため、当該行為の要罰性が低下するとする刑罰
目的説が妥当であろう。
3. 次に、中止犯の成立要件について検討する。中止犯が成立するためには、①犯罪の実行
に着手したが、②行為者が自己の意思により(中止の任意性)、③犯罪を中止したこと(中
止行為)、および④構成要件的結果が発生しなかったことが必要である。また、これら
に加えて、⑤犯罪行為と結果の不発生との間の因果関係を要求する見解もある。
以下、中止未遂に固有の要件である②③⑤を検討する。
⑴ いかなる場合に「自己の意思により」といえるのかについては、学説上争いがある。
ア まず、犯罪の完成を妨げる外部的事情が行為者のやめるという動機に影響を与え
たか否かを基準とする主観説がある。しかし、人の意思決定は何らかの外界の刺激
(外部的事情)に基づいてなされるのが通常である以上、主観説は狭きに失するとい
えよう。
イ 次に、行為者の認識した外部的事情が、一般人にとって通常障碍となるべき性質の
ものか否かを基準とする客観説がある。しかし、一般人を基準とすることは、やは
り、「自分の意思により」という文言と相いれないといえよう。ウ そこで、今日有力なのは、外部的事情を行為者がどう受け取ったかを基準とし、外
部的事情が、行為者に対しある程度必然的に(あるいは強制的に)中止を決意させた
か否かで判断する折衷説である。この見解が妥当であるといえよう。
⑵ 次に、「中止行為」について検討する。中止行為の様態には、①以後の行為の遂行を
取りやめるという不作為で足りる場合と、②結果回避のための積極的な作為が必要
な場合がある。以下、具体的な事例を挙げて検討する。
〔事例1〕拳銃を 2 発撃って A を殺害するつもりであったが、1 発撃ったところで
2発目の発射を取りやめたという事例。
ア まず、両者は実行行為の前後で区別されるとする前提のもとに、実行行為の終了を
当初の行為者の計画によって判断する主観説がある。
本説からは、実行行為が終了していないことから 1 発目で A に瀕死の重傷を負
わせていても、2 発目の発射を取りやめるという不作為で中止犯が認められる。
しかし、死に迫りうる危険を除去せずに放置することは、法益保護の要請にこた
えるものではなく、これを中止行為として認めるべきではない。
イ 次に、結果を発生させうる行為が遂行されたかによって判断する客観説がある。
本説によれば、1発目の発射によって既に実行行為が終了しているから結果回
避のための作為が必要となり、1発目が外れた場合には結果回避のための作為を
想定しえないため中止犯の成立の余地はない。
しかし、この帰結は、1 発目があったたときに中止犯の可能性があり、不均衡で
ある。
ウ そこで、中止行為が問題とされる時点における危険に注目し、結果の発生が行為者
の不作為にかかっている場合には以後の行為を取りやめるという不作為で足りる
のに対して、すでに結果に向けた物理的な因果の流れが始動している場合にはそ
れを遮断する作為が必要であるとする因果関係遮断説が妥当であろう。
本説によれば、1 発目が外れた場合には、2 発目の発射を取りやめる事で足りる
のに対して、1 発目で瀕死の重傷を負わせた場合には、A を病院に搬送し治療を受
けさせるなどの結果回避のための作為が必要となる。
⑶ 結果の不発生との間の因果関係を検討する。
中止犯を「犯罪の裏返し」とみる裏返しの理論からは、中止構成要件においては中止
行為と結果不発生との間に因果関係が必要であるとされる。中止犯における刑の減免
は、第1次的には未遂犯自体に対する要罰性を低下させたことを理由とするものであ
るから、中止構成要件は未遂構成要件の裏返しとみて、未遂犯の違法性を基礎づける危
険を除去したといえれば、中止行為(広義)の要件をみたすと考えるべきである。
4. 以下、具体的に 4 つの事例を挙げて中止犯における要件を検討する。
⑴ まず、「中止行為」について検討する。
ア 〔事例2〕Ⅹの意を受けた Y が殺意を以て日本刀で A の肩に切りつけ、さらに二の太刀を加えて息の根を止めようとしたところで、Ⅹが Y に「もういい、Y 行く
ぞ」と言って攻撃をやめさせ、A を病院に行くよう指示したという事案で、判例は、
「A が受けた傷害の程度も右肩部の長さ 22 センチメートルの切創であって、その
傷の深さは骨に達しない程度のものであった」ことから、殺人罪の着手未遂として
中止犯の成立を認めた。本判決は、基本的に因果関係遮断説に依拠したものといえ
る。
⑵ 次に、「積極的な中止行為」について検討する。
ア 〔事例3〕建造物に放火した後に、その火勢に恐怖心を抱き、隣家に向かって「放
火したので、よろしく頼む」と叫んで走り去ったという事案で、判例は、犯人自身
が防止にあったたのと同視するに足りる程度の努力を払っていないという理由で
中止犯の成立を否定した。
イ 〔事例4〕殺意を以て2歳の男児 A に睡眠薬を飲ませたところ、A が口から泡を
吹き始めたので大変なことをしたと悟り、110 番に電話して駆けつけた警察官の助
力を得て A を病院に搬送し治療を受けさせたⅩについて、「その処置は、当時の差
し迫った状況下において、Ⅹとして採り得るべき最も適切な善後手段であった」と
したうえで、「Ⅹとしては、A の死の結果を防止するため、Ⅹ自身その防止にあた
ったと同視しうるに足るべき程度の真摯な努力を払ったもの」であるとして、中止
犯の成立を認めた。
ウ 他人の助力を得た場合、危険の除去を自己の行為の所産として行為者自身に帰属
させるために、危険除去に相応しい積極的な行動が必要である。しかし、「真摯な
努力」という公式は、これを超えて純粋に倫理的な要求まで含みうる点で、違法減
少の観点はもとより、責任減少の観点からも支持しがたい。
⑶ 最後に「任意性」について考える。
〔事例5〕未必の故意をもって A の頸部をナイフで突き刺したところ、大量の血を吐
き出すのを見て驚愕するとともに、大変なことをしたと思って救急車を呼んだという
事案で、判例は、「『大変なことをした。』との思いには、本件犯行に対する反省、悔悟
の情が込められている」とし、任意性を肯定している。本判決は、悔悟・同情など、広
義の後悔に基づいて中止した場合にのみ任意性を認める限定主観説を採るものといえ
るが、広義の後悔まで要求するのは、「自己の意思により」という文言からは無理があ
るといわざるをえない。よって、前述の折衷説が妥当であろう。

以上

刑法総論試験対策 正犯と共犯

「間接正犯と教唆犯について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 間接正犯とは、「人を殺した」といった各則の構成要件が直接適用されるものであるか
ら、直接正犯と同じ意味で犯罪の実現過程を支配している場合に成立する。それは、行
為者が他人の行為を意のままに利用して結果を惹起したといえる場合であろう。間接
正犯の様態としては、強制による支配や責任無能力者の使用のほか、錯誤の利用、緊急
避難等の適法行為の利用がある
2. 一方、教唆犯とは、人を教唆して犯罪を実行させることであり(61 条 1 項)、従犯と並
んで狭義の共犯の一つである。ここで「教唆」とは、他人に犯罪を決意させることを意
味する。
教唆犯では、まず、その成立の前提として正犯が現実に実行行為に出たことを要する
か(実行行為性)が問題になる。法益侵害説の立場からは、正犯者が実行に出ることで一
定の法益侵害が外界に現出するのを待って教唆犯の成立を認める共犯従属説が妥当で
あろう。
また、正犯者が犯罪成立要件をどこまで具備している必要があるのか(要素従属性)も
問題になる。まず、教唆犯の成立には、正犯者の構成要件該当性、違法性、責任を必要
とする極端従属性説がある。しかし、責任非難は個人的・一身的な問題であるから、正
犯者の責任は教唆犯の成立にとって重要ではない。そこで、教唆犯の成立に正犯者の構
成要件該当性と違法性を必要とする制限従属説が現在の通説となっている。
3. 右にみるように、間接正犯と教唆犯は、他人を犯罪に誘致するという共通点がある。そ
こで、いかなる場合に正犯性を認めて間接正犯が成立するか、換言すれば、広義の正犯
と狭義の共犯の区分の基準が問題となる。
⑴ まず、正犯性の指標を「正犯意思」に求め、その有無によって広義の正犯と狭義の共
犯を区別する主観説がある。しかし、原則的関与類型である正犯の要件として利益獲
得の意欲を要求するのは過剰である。
⑵ 次に、構成要件概念から出発し、自ら構成要件該当行為=実行行為を遂行した者が広
義の正犯であるとする形式的客観説がある。しかし、この立場を徹底させるなら、共
謀共同正犯はもちろん間接正犯も否定されてしまう。
⑶ また、実行行為を実質化し、法益侵害の具体的な危険を含んだ行為に正犯性を認める
実質的客観説がる。この論者の多くは、間接正犯に関する限り、この危険の有無を被
誘致者が「規範的障碍」になっているか否かによって判断する(規範障碍説)。しかし、
規範的障碍の有無と危険の程度との間に直接の関係はない。
⑷ そこで、犯罪の実現過程を通じて全体として支配し統制する者を広義の正犯とする
行為支配説が妥当であろう。本説からは、直接正犯は自己の身体運動の支配を通じて、
共同正犯は分業による機能的行為支配を通じて、間接正犯は被誘致者の意思の支配を通じて犯罪事実全体を統制する者とされる。
4. 上記の行為支配説から事例を検討していく。
⑴ 〔事例1〕Ⅹは、保険金を得る目的で、かねてからⅩを極度に畏怖していた A に対
して、事故に見せかけて乗車した車ごと海に飛び込み自殺するよう暴行・脅迫を交え
て執拗に迫ったところ、A は車で海に飛び込んだ後に脱出して逃げるほかないと考
えて車ごと海に飛び込んだという事案につき、判例は、Ⅹは被誘致者 A の行為を利
用しているが、Ⅹは A を暴行強迫による恐怖で命令に従うほかないほどの精神状況
に至らしめており、Ⅹは A を意のままに支配したといえ、Ⅹに殺人未遂罪の間接正
犯を認めている。
⑵ 〔事例2〕12 歳の養女 Y を連れて四国巡礼中に、Y に命じて現金等を窃取させたⅩ
について、判例は、Y は 12 歳であり、善悪の判断能力を有するが、Y が養父である
Ⅹを頼るしかなかったことやⅩに日ごろの言動への畏怖から、Y は意のままに行動し
たといえるため、正犯性が認められるとし、Ⅹに各窃盗の間接正犯の成立を認めた。
⑶ 〔事例3〕12 歳の長男 Y に指示命令してスナックで金品を強取させた母親Ⅹについ
て、判例は、「Y には是非弁識能力があり、Ⅹの指示命令は Y の意思を抑圧するに足
る程度のものではなく、Y は自らの意思により本件強盗の実行を決意した」といえる
ことから、強盗罪の間接正犯は成立しないとする一方、「Ⅹは、生活費欲しさから本
件強盗を計画し、Yに対し犯行方法を教示するとともに犯行道具を与えるなどして
本件強盗の実行を指示命令したうえ、Y が奪った金品をすべて自ら領得したこと」か
ら、強盗の教唆犯ではなく、共同正犯が成立するとした。
⑷ 〔事例4〕患者Aに恨みを抱いていた看護師Yに、「病死として処理してやるから、
毒薬を注射してはどうか」と耳打ちした医師Ⅹは、Yの実行行為により結果が発生し
た場合、61 条 1 項によって殺人罪の「教唆犯」となる

刑法総論試験対策 正当防衛

「正当防衛について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 正当防衛とは、急迫不正の侵害に対し、自己または他人の権利を防衛するため、やむを
えずした行為をいう(36 条 1 項)。正当防衛の要件をみたすと違法性が阻却される。
2. 正当防衛が成立するためには、①急迫不正の侵害に対し、②自己または他人の権利を③
防衛するため、④やむを得ずにした⑤行為であることが必要である。これらの要件につ
いて、事例を挙げて検討していく。
⑴ まず、「不正の侵害」について検討する。「不正」とは、「違法」を意味する。「不正」
の侵害は、構成要件に該当することを必要とせず、民事法上や行政法上の違法行為を
も含む。他方で、「不正の侵害」が物や動物による侵害を含むかも問題になる。
ア この点につき、規範違反説からは、行為規範は人の行為のみに向けられるから、動
物等は規範違反としての違法=不正を犯すことはできない。そのため、動物等に対
する正当防衛は認められず、補充性と法益均衡をみたす限りで緊急避難が認めら
れるにすぎないとする対物防衛否定説がある。しかし、人に対してすらその死傷を
伴う反撃が許されるのに、動物に対しては緊急避難の限度でしか反撃できないの
は不合理である。
イ これに対し、法益侵害説からは、保障規範による利益の配分・帰属に反する法益
害は、動物や物によるものであっても「不正の侵害」とする対物防衛肯定説が妥当
である。法益侵害説によれば、違法とは評価規範による否定的評価であって、法益
の侵害・危険を内容とする。保障規範は、この評価規範を法益主体側から表現した
ものに他ならない。したがって、対物防衛肯定説が妥当であろう。
ウ 対物防衛肯定説からは、〔事例1〕襲ってきた他人の飼犬を殺傷する行為は正当防
衛として、違法性が阻却される。
⑵ 次に、「急迫性」について検討する。この「急迫」とは、「法益侵害の危険が緊迫した
ことを意味する」が、具体的にどのような場合に当てはまるのか。
ア 〔事例2〕Ⅹは、アパートの2階通路で A に鉄パイプで殴打され、いったん鉄パ
イプを取り上げて同パイプで同人の頭部を1回殴打したものの、A に同パイプを
取り戻され再び殴られそうになったため逃げ出したところ、追いかけてきた A が
転落防止用の手すりの外側に勢い余って上半身を前のめりにした姿勢になったの
で、その足を持ち上げ2階から転落させたという事案につき、判例は、①Aの加害
の意欲と、②攻撃再開の蓋然性により急迫性の継続を肯定し、過剰防衛の成立を認
めた。
イ 他方、〔事例3〕政治活動グループⅭ派のⅩらは、集会を開くにあたって、対立す
るK派の襲撃を予期してバリケードを築くなどして備え、予想通りに襲撃してき
たK派のAらに対して鉄パイプで突くなどの反撃を加えたという事案につき、最高裁は、「単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利
用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵
害の急迫性の要件をみたさない」と判示した。
⑶ 防衛意思についても学説の対立がある。36 条は、自己または他人の権利を「防衛す
るため」と規定する。そこで、判例・通説は、防衛意思を正当防衛の要件と解し、そ
の内容は防衛事実の認識で足りるものとしてきた。
防衛事実の認識の要否は、正当防衛の客観的要件を満たすのにその認識を欠く「偶
然防衛」で問題になる。
ア この点につき、まず、正当防衛を認めるには、防衛者が防衛意思を有することを必
要とする防衛意思必要説が主張されるが、客観的に法秩序に合致した事態を惹起
している偶然防衛を既遂犯とするのは、行為無価値論のみで、しかも、防衛意思の
欠如という主観的事情のみで既遂を認めるものであって、意思処罰の疑いがある。
イ そもそも、正当防衛の正当化根拠は、行為規範ではなく保障規範=評価規範の領域
に存すするから、偶然防衛は保障規範による配分・帰属秩序に適った事態を招来し
たものとして、当該結果の惹起に関する限り正当化されると解する防衛意思不要
説が妥当である。
⑷ 最後に、「適合性」、「必要性」、「相当性」について検討する。
ア 防衛手段の「適合性」は、「やむを得ずにした」に含まれる「必要性」ではなく、、
「防衛するため」に含まれる「防衛行為性(狭義)」の内容をなし、これを欠く場合
には過剰防衛にもならないと解される。
イ 正当防衛が認められるためには、行為者が現実に採り得る防衛適合手段の中で最
も侵害性の少ない方法を選ばなければならない。
この意味での必要性は、
①いかなる代替手段が可能であるかを想定したうえで、
②その代替手段と現実に被告人の採った手段との間で侵害性の程度を比較するこ
とによって判断される。
ウ 正当防衛の成立には、防衛行為の「相当性」として、防衛行為による侵害法益の価
値が保全法益の価値を著しく上回るものではないという「緩やかな均衡性」を要求
すべきである。
エ また、相当性の判断時点については説の対立がある。
(ア) 〔事例4〕Ⅹ(女性)は、駅のホームで酒に酔ったAに絡まれ、コートの襟を
掴まれたため、Aの体を突いたところ、Aはホームから転落し、侵入してき
た電車とホームの間に挟まれ死亡したという事案がある。判例は、「Ⅹとし
て他にどのような採りうる方法があったか」に焦点をあて、結果として、Ⅹ
に正当防衛を認めた。これは、行為の危険性を行為者ないし一般人の見地か
ら事前判断する行為基準説=事前判断説を採ったものといえる。(イ) しかし、正当防衛を含めた違法性阻却事由は、法益侵害結果を含めた構成
要件該当事実全体を優越的利益によって正当化するものであることから
すれば、その判断に際して、現に行為から相当因果関係を経て生じた構成
要件該当結果を度外視することはできない。したがって、防衛行為が侵害
犯の既遂構成要件に該当するときには、防衛行為によって相手に現に生
じた法益侵害と、事後判断により防衛行為に出なかった場合に予測され
法益侵害とを比較して、両者間に著しい不均衡がある場合に相当性を
否定すべきとする結果基準説=事後判断説が妥当であろう

刑法総論試験対策 承継的共犯

「承継的共犯について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 承継的共犯においては、先行者の実行の着手後、犯罪の終了前に参加した後行者は参加
前に生じていた事実に関する先行者の責任を継承し犯罪事実全体について(広義)の共
犯となるのか、それとも自らが関与した時点以後の事実についてのみ共犯となるのか
が問題になる。以下、具体的事例を挙げて検討する。
〔事例1〕YがAを強盗目的で殺害した後にYから事情を知らされたⅩが財物の取得
に関わった場合。
〔事例2〕Yが詐欺目的でAを欺罔した後にYから事情を知らされたⅩが金員を受領
した場合。
〔事例3〕YがAに暴行している途中で事情を知らされたⅩが暴行に加わったが、Ⅹの
参加前の暴行によってAが傷害を負っていた場合。
〔事例4〕事例3でAの傷害がどの時点の暴行から生じたか不明であった場合。
各事例のⅩはどの範囲で罪責を負うのであろうか。
⑴ まず、先行事実を認識・認容している限り後行者は先行事実を含めた犯罪事実全体に
責任を負うとする全面承継説がある。本説からは、事例1のⅩは強盗殺人罪の共同正
犯、事例2のⅩは詐欺罪の共同正犯、事例3、4のⅩは一連の暴行が包括一罪となる
限りで傷害罪の共同正犯となる。しかし、当人が左右しえない過去の事実の認識・認
容によって、過去の事実に関する責任を基礎づけるのは心情刑法であって行為主義
に反する。
⑵ 次に、先行者の行為の効果を利用した限度で承継的共犯を認める限定承継説がある。
本説からは、事例1のⅩは、Aの反抗抑圧状態は利用しているが死の結果は利用して
いないので、強盗罪の共同正犯、事例2のⅩは、Aが錯誤に陥っている状態を利用し
ているので、詐欺罪の共同正犯(受領だけでは重要な役割だといえなければ詐欺罪の
従犯)、事例3、4のⅩは、傷害の結果を利用しているわけではないので、暴行罪の
共同正犯が成立する。しかし、行為の「利用」は、「因果性」に代替しうるものでは
ない。限定承継説の「意思連絡を伴った利用」は、自己の行為と因果性のない他人の
行為の利用であって、これによって先行事情の負責を基礎づけるのは、全面承継説と
同様に心情刑法であるとの批判を免れない。
⑶ そこで、途中参加者には参加後の行為に惹起された犯罪事実についてのみ共犯の成
立を認める承継否定説が妥当であろう。当該犯罪の保護法益の侵害・危険は、正犯共
犯を問わず、すべての関与者にとって処罰の根拠をなすものであって、それに対する
因果性は処罰にとって不可欠であり、因果性を欠いた過去の法益の侵害・危険を共犯
者に負責することは、惹起説の基礎にある個人責任の原則および行為主義に反する
といわねばならない。本説からは、事例1のⅩは占有離脱物横領罪または窃盗罪の共同正犯、事例2のⅩは、Ⅹに新たな欺罔が認められない限り詐欺罪の共犯は不成立、
事例3、4のⅩは暴行罪の共同正犯となる。
2. では、承継的共犯とは反対に、犯罪終了以前のいずれかの時点で犯意を放棄し犯罪への
加功をやめた関与者は、他の関与者によって遂行されたその後の犯罪についてどこま
で責任を負うのであろうか。
この点に関しては、着手前の離脱の表明と了承は、心理的因果性の遮断を徴憑する1
つの事情に過ぎず、それ自体が絶対的基準になるものではなく、他方で、着手後にあっ
ても自己の寄与による因果性を排除した者は、他の関与者の以後の行為によって生じ
た結果の責任を負うことはないとする因果性遮断説が妥当であろう。
現在支配的な個人主義的な共犯観からは、広義の共犯も自己の行為についての責任
を問われるのであって、自己の関与行為との因果性が共犯としての帰責の限界をなす。
この見地からは、実行の着手の前後を問わず、その関与者の寄与と他の関与者の行為と
の因果性が遮断された場合には、共犯関係からの離脱が認められ、以後の他の関与者の
行為や結果は離脱者には帰責されない。
3. 以上のように、承継的共犯はおいては、途中参加者には参加者の行為に惹起された犯罪
事実についてのみ共犯の成立を認める承継否定説が妥当であろう。また、離脱において
は、前述のように因果性遮断説が妥当であろう。

以上

刑法総論試験対策 実行の着手

「実行の着手について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 犯罪とは構成要件に該当し違法かつ有責な行為である。実行の着手とは、構成要件に該
当する行為、すなわち実行行為の開始を指す概念である。例えば、犯罪の実行に着手し
て、それを遂げなかった場合は未遂犯(43 条)になる。つまり、未遂犯が成立するため
には実行の着手が必要である。
2. 実行の着手をどの時点に求めるかについては学説の対立がある。
⑴ まず、主観主義刑法理論に立脚し、犯罪を実現しようとする行為者の意思ないし性格
の危険性に未遂犯の処罰根拠を求める見解からは、犯意が外部的に明らかになった
時点で実行の着手を認めることになる。この見解は主観説と呼ばれる。
⑵ これに対し、客観的刑法理論に立脚する見解からは、①構成要件に属する行為を行っ
た時点で実行の着手を認める形式的客観説や、②結果発生の現実的危険性を惹起す
る行為を行った時点で実行の着手を認める実質的客観説などが主張されている。
この点、未遂犯の処罰根拠を構成要件的結果発生の現実的危険の惹起に求める以
上、実質的客観説が妥当であろう。
もっとも、法益侵害の危険には幅があることから、「犯罪の実行に着手して」とい
う文言による限定も必要であろう。この点で、形式的客観説と実質客観説は相互補完
的ないし相互限定的に機能するものといえる。
3. ここで、具体的な事例をあげ、実行の着手時期はどの時点に求められるかを検討する。
⑴ 〔事例1〕Ⅹは、夜中に、窃盗の目的で店舗に侵入したが、レジに近づきかけた時点
で店員に見つかり逃走した。本件Ⅹの行為に窃盗未遂罪(243、235 条)が成立するか。
窃盗の結果が発生していないために、本件では、本行為が適法な行為なのか未遂犯に
なるのかが問題になる。まず、未遂犯が成立するためには、43 条本文により①犯罪
の実行行為に着手し、②構成要件該当結果が発生していないことが必要である。では、
本件において、Ⅹに実行の着手があったといえるか。本件事例でみるに、確かに、Ⅹ
はレジに近づきかけただけで、レジに手を触れてはいないが、犯行が行われたのが夜
中で人通りが少なく、対象とされたのが店舗であり、通常Ⅹの犯行を妨げるような事
情の発生する可能性は低く、犯行の完遂が容易な状況では、レジに向かい始めた時点
で、金品が奪取される現実的危険性が惹起されているといい得る。したがって、Ⅹに
は窃盗罪の実行の着手が認められ、Ⅹのレジに近づいた行為に未遂罪が成立する。
⑵ 〔事例2〕Ⅹは、クロロホルムを吸引させて A を失神させたうえ(第1行為)、自動車
ごと海中に転落させて(第2行為)、溺死させるという計画を立てたが、意に反して、
クロロホルムを吸引させるという行為によって A が死亡してしまった。このような
場合にもⅩの行為に殺人罪(199 条)が成立するか。
この問題については、①第1行為の時点で殺人罪の実行の着手があったかといえるのか、また、②第1行為の時点で故意があったといえるのかが問題となる。以下、
それぞれ検討する。
ア 実行の着手の有無については、前述したとおり、実質的客観説を採るのが妥当
であろう。問題は、実行の着手をどの時点に認めるかであるが、第1行為が第2行
為と密接な行為であるといえる場合には、第1行為の時点で実行の着手があった
といってよいだろう。そして、密接な行為といえるか否かは、①第1行為が第2行
為を確実かつ容易に行ふために不可欠であったか、②第1行為が成功した場合、第
2行為するうえで障害となるような特殊の事情が存したか否か、③第1行為と第
2行為が時間的場所的に近接しているか否か、等の事情を判断して決することに
なる。
イ 故意の有無についても、実行の着手と同様の基準により判断しうる。すなわち、第
1行為が第2行為と密接な行為であるといえる場合には、第 1 行為の時点で殺人
の故意があったといってよいだろう。もっとも、認識・認容していた因果関係と現
実に生じた因果関係が一致していないことから、更に因果関係の錯誤が問題とな
る。この点、因果関係の認識・認容を故意の要素とし、かつ、事実の錯誤について
法的符合説を採用する立場からは、主観と客観が因果関係の範囲内で符合してい
る場合には、故意が認められることになる。
判例は、第1行為と第2行為の時間的場所的近接性と、Ⅹの計画面を重視し、第1
行為における実行の着手と故意の存在を認め、殺人罪(199 条)の成立を認めた。
⑶ 〔事例3〕Ⅹが殺意をもって熟睡中の A の首を麻縄で絞め(第1行為)、身動きしなく
なった A を既に死亡したものと誤信して海岸砂上に運んで放置した(第2行為)とこ
ろ、A は砂末を吸引して死亡した。このような場合にも、殺人既遂罪が成立するか。
本事案において、Ⅹの予見した構成要件該当結果は、客観的には実現されているが、
その実現は認識していたものとは異なった因果経過をたどっているため、Ⅹの行為
と A の死との間に因果関係を認めることができるかが問題になる。このような惜し
すぎた構成要件実現の事例では、第1行為を殺人の実行行為とみたうえで、因果関係
の錯誤として、行為者の認識した経過と現実の経過がともに相当因果関係を有する
限り殺人既遂罪の成立を肯定することができると考えるのが妥当であろう。
⑷ 〔事例4〕Ⅹは、殺人の意図で毒入りの砂糖を知人宅に郵便小包で送った場合、殺人
未遂罪が成立するのはどの時点か。
ア この点については、まず、行為無価値論の立場から、発送行為に実行の着手を認め
る見解がある。しかし、既遂犯の成否は、行為後の事態の推移である結果の発生に
依存するし、共謀共同正犯や教唆犯、従犯の成立も正犯者の実行に依存するのであ
って、単独正犯における未遂犯だけが行為後の事情に依存してはならない理由は
ない。
イ そこで、結果無価値論の立場から、発送行為が未遂行為(問責対象行為)であり、この時点で責任が問われ、既遂結果発生の切迫した危険を内容とする未遂結果の発
生が認められる到達時に未遂構成要件が充足されると解するのが妥当であろう

刑法総論試験対策 誤想防衛

「誤想防衛について事例を5つ挙げて説明せよ。」
1. 誤想防衛とは、正当防衛の成立に必要な客観的要件を現実には具備していないのに、こ
れがあるものと誤信して、防衛の意思で反撃行為を行った場合をいう。違法性阻却事由
の錯誤が責任故意を阻却するかについては、違法性阻却事由の錯誤の体系的な位置づ
けをいかに解するかと関連して、学説が分かれている。
ア まず、違法性阻却事由の錯誤は、行為の違法性に関する問題であることから、法律の
錯誤の問題であるとする法律の錯誤説がある。この見解からは、厳格故意説に立脚し
ない限り、原則として責任故意が認められることになろう。
イ しかし、故意の本質は、規範に直面し反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、
あえて犯罪行為に及んだことに対する強い道義的非難にあった。ところが、違法性阻
却事由の錯誤の場合は、例えば「急迫不正の侵害」といった違法性を否定する事実を
誤認識している以上、規範に直面する余地を欠いていたというべきである。
したがって、構成要件的事実の錯誤と同様に、やはり事実の錯誤として故意を阻却
する事実の錯誤説が妥当であろう。
2. 以下、考えられる事例を挙げる。
⑴ 〔事例1〕Ⅹは、不仲の A が胸ポケットからライターを取り出したのを見てナイフ
を取り出したものと誤信し、傷害の未必の故意をもって腕を蹴り上げ負傷させた(侵
害の誤想)。
⑵ 〔事例2〕Ⅹは、夜中の隣家の火事で他に方法がなくやむを得ず逃げ込んできた A を
不法侵入者だと思って突き返した(不正の誤想)。
⑶ 〔事例3〕Ⅹは、A に角材で襲われたので、手元にあった棒状のもので反撃したとこ
ろ、それは斧であり、A を死亡させた(相当性の誤想)。
⑷ 〔事例4〕空手有段者Ⅹは、A 男が酒に酔った B 女を介抱しているのを目撃して、A
が B を攻撃しているものと誤信し、A の頭部に回し蹴りを加えて転倒させ死亡させ
た。
⑸ 〔事例5〕A の攻撃から B を守るためにⅩが自動車をバックさせて A を追い払おう
としたところ、B を轢いて死なせた。
3. 以下、それぞれの事例について、誤想防衛にあたるかについて検討する。具体的には、
行為者の認識において、正当防衛(36 条 1 項)の要件が満たされているといえるか、す
なわち、①急迫不正の侵害に対し、②自己または他人の権利を、③防衛するため、④や
むを得ずにした行為であるといえるかということである。
⑴ 事例1では、行為者Ⅹは、①A がナイフを取り出したものと誤信し、②自己の身体を、
③守るため B による攻撃を防ごうとしており、また、④腕を振り上げるという行為
は、ナイフで襲われることに比して必要性・相当性を欠くとはいえない。したがって、4つの要件をみたしているため、Ⅹは正当防衛状況を誤信しており、Ⅹの行為は誤想
防衛であるといえる。
⑵ 事例2では、行為者Ⅹは、①A が不法に侵入してきたと思い、②自己の身体及び財産
を、③守ろうとしており、また、④A を突き返す行為は、不法に侵入してきたことに
対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛状況を誤信してい
るといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故意・過失共通の構
成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階で故意が否定され、誤
想に過失のある限りで過失傷害罪の成立が認められる。
⑶ 事例3では、行為者Ⅹは、①A に角材で襲われ、②自分の身体及び生命を、③守るた
め行為に及んだといえ、防衛の意思が認められ、また、④棒で反撃する行為は、角材
で襲われることに対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛
状況を誤信しているといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故
意・過失共通の殺人構成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階
で故意が否定され、誤想に過失がある限りで、過失致死罪(210 条)が成立する。
⑷ 事例4では、行為者Ⅹは、①A が B を攻撃しているものと思い、②B の身体及び生
命を、③守るため行為に及んだため、防衛の意思が認められる。しかし、から手有段
者であるⅩが、A の頭部に回し蹴りをするという行為は、相当性を欠き、要件④をみ
たさないといえる。また、Ⅹは行為の過剰性を認識しており、この誤想過剰防衛では
責任故意の阻却が認められず、Ⅹに傷害致死罪が成立する。
しかし、Ⅹは「急迫不正の侵害」を誤想して行為に及んだのであり、行き過ぎがあ
っても非難しえない部分もある。したがって、過剰防衛に関する刑の任意的減免を定
めた 36 条 2 項の適用・準用の可否が問題となる。そこで、過剰防衛に関する択一的
併用説を採り、行為者は期待可能性を減少させる心理的切迫状態にあるので、36 条
2 項の適用または準用が認められるべきと解する。ただし、より責任の軽い誤想防衛
の過失犯に刑の免除がないことを考慮して、それと不都合が生じない範囲で任意的
に刑を減軽することが求められる。したがって、Ⅹは傷害致死罪(205 条)の罪責を負
うが、36 条 2 項の準用によって任意的に刑が減免されると考える。
⑸ 事例5では、行為者Ⅹは、①A の攻撃から、②B の身体及び生命を、③守るため行為
に及んだため、防衛意思が認められ、また、④A に向けて発砲しようとした行為は、
A の攻撃に対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛状況を
誤信しているといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故意・過
失共通の殺人構成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階で故意
が阻却され、誤想に過失がある限りで過失致死罪が成立する。

以上

刑法総論試験対策 共謀共同正犯

「共謀共同正犯について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 共謀共同正犯とは、2人以上の者が特定の犯罪を行うための謀議をし、そのうちの一部
の者がこれを実行する場合をいう。では、こうした共謀共同正犯も「共同正犯」に当た
るのであろうか。この問題につき、判例は一貫してこれを肯定してきた。また、今日に
おいては学説上もこれを肯定する見解が支配的であるといえよう。
2. もっとも、共謀共同正犯を肯定する理論的根拠、すなわち、実行行為を行っていないも
のも含めて「共同正犯」に当たるといえるのはなぜなのかという点については、なお学
説上の争いがある。以下、検討する。
⑴ まず、共謀により「同心一体的」な共同意思主体としての団体が成立し、その団体が
実行行為を行った以上、共謀者も「正犯」といえるとする共同意思主体説がある。し
かし、個人を超えた共同意思主体を認め、その責任が個人に帰せられるとすることは
団体責任を認めることに等しく、個人責任の原則に反する。
⑵ そこで、背後者が、実行行為者の意思に直接作用し、犯罪を遂行させているものとみ
られる場合には、構成要件該当事実全体に対して共同支配を及ぼしているものとし
て共同正犯を認めることができるとし、あるいは、犯罪の遂行について確定的な合意
がある場合には、その後の行動は合意によって拘束され、実行者は自らの一存で実行
の意思を放棄することが困難となることから、実行者は他の共謀者の道具として振
舞っていると評価しうるとする間接正犯類似説がある。ここでは、60 条によって「共
同して実行した」といえる程度に修正・緩和された行為支配が認められる限度で共謀
共同正犯を肯定することができると考えるべきであろう。
3. 以上のように共謀共同正犯の理論的根拠を、相互利用補充関係のもと、結果に対して物
理的・心理的因果性を及ぼしたという点に求める以上、実行共同正犯と同様に、相互利
用補充関係ないし物理的・心理的因果性が共謀共同正犯の成立要件であるということ
になる。
⑴ 共謀共同正犯が成立するには、まず、客観的要件としての「共謀の事実」がなければ
ならない。この共謀には黙示の共謀も含まれるのか、具体的事例を挙げて検討する。
〔事例1〕数台の自動車で移動していた暴力団組長Ⅹが、同行する別の自動車に乗って
いた誤送役(スワット)の拳銃の所持に関する責任を問われた事案がある。Ⅹは、スワッ
トらに特別指示を下さずとも、スワットらがⅩを警護するため自発的に拳銃を所持し
ていることを確定的に認識しながら、それを容認しており、そのことをスワットも承知
していた。判例は、合意形成に向けた行為の存在を示すことなく「黙示の意思連絡」を
認定し、これに加えて指揮・命令しうる権限や警護を受ける地位を考慮することで共同
正犯性を肯定した。本決定は、黙示の共謀を認めたものといえるが、行為主義ならびに
個人責任の原則からすれば、各関与者の処罰にとって当該行為者と法益侵害を結びつける外部的行為の存在は不可欠であると解すべきであろう。
⑵ また、いくら共謀共同正犯といっても、それが成立するためには、共謀者のうちの一
部の者によって、実際に「共謀に基づく実行行為」が行われなければならない。
⑶ 通説では、さらに、以上2つの客観的要件に加えて、主観的要件として共謀者の「正
犯意思」が必要とされる。しかし、共謀者の「正犯意思」とは、実行者に対する(緩和
された)意思支配の存在、および故意の内容としての意思支配の認識を徴憑する間接事
実であって、これを文字通り行為者の心理状態を意味する実体概念として理解すべき
ではないだろう。
4. では、最後に、共謀共同正犯に関する具体的事例を検討していきたい。
⑴ 〔事例2〕新聞社の社長Ⅹが、社員Yを通じて、不利益な記事を掲載すると脅してA
から金銭を喝取した事案につき、判例は、知能犯における精神的加功の重要性を指摘
して「犯罪の発意者」であるⅩを恐喝罪の共同正犯とした。本件判例は、知能犯に限
定して共謀共同正犯を肯定した点に意義がある。
⑵ 〔事例3〕政党の地下組織の幹部Ⅹが、資金獲得のために銀行強盗を計画し、党員Y
らに実行した事案において、Ⅹを強盗罪の共同正犯とした。本件判例は、すべての犯
罪で共謀共同正犯が認められることに明言し、共同意思主体説によって共謀共同正
犯を根拠づけたが、共同意思主体説への批判は前述したとおりである。
⑶ 〔事例4〕政党の軍事組織の幹部Ⅹが、警官Aの襲撃をYと共謀し、Yの指導の下で
ZらがAに傷害を加えて死亡させた事案について、判例は、「共謀共同正犯が成立す
るには、2人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思のもとに一体となって互
いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よ
って犯罪を実行した事実が認められなければならない。したがって右のような関係
において共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しないもので
も、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、その間
刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はない」と判示した。本判決は、共同意思
主体説の色彩を残しながらも、他人の行為を利用して自己の犯罪を実現したという
間接犯罪類似説に通じる個人主義的な根拠づけを示し、これによって共謀の内容を
限定しようとした点で注目される。

以上