法律勉強道

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刑法総論試験対策 誤想防衛

「誤想防衛について事例を5つ挙げて説明せよ。」
1. 誤想防衛とは、正当防衛の成立に必要な客観的要件を現実には具備していないのに、こ
れがあるものと誤信して、防衛の意思で反撃行為を行った場合をいう。違法性阻却事由
の錯誤が責任故意を阻却するかについては、違法性阻却事由の錯誤の体系的な位置づ
けをいかに解するかと関連して、学説が分かれている。
ア まず、違法性阻却事由の錯誤は、行為の違法性に関する問題であることから、法律の
錯誤の問題であるとする法律の錯誤説がある。この見解からは、厳格故意説に立脚し
ない限り、原則として責任故意が認められることになろう。
イ しかし、故意の本質は、規範に直面し反対動機の形成が可能であったにもかかわらず、
あえて犯罪行為に及んだことに対する強い道義的非難にあった。ところが、違法性阻
却事由の錯誤の場合は、例えば「急迫不正の侵害」といった違法性を否定する事実を
誤認識している以上、規範に直面する余地を欠いていたというべきである。
したがって、構成要件的事実の錯誤と同様に、やはり事実の錯誤として故意を阻却
する事実の錯誤説が妥当であろう。
2. 以下、考えられる事例を挙げる。
⑴ 〔事例1〕Ⅹは、不仲の A が胸ポケットからライターを取り出したのを見てナイフ
を取り出したものと誤信し、傷害の未必の故意をもって腕を蹴り上げ負傷させた(侵
害の誤想)。
⑵ 〔事例2〕Ⅹは、夜中の隣家の火事で他に方法がなくやむを得ず逃げ込んできた A を
不法侵入者だと思って突き返した(不正の誤想)。
⑶ 〔事例3〕Ⅹは、A に角材で襲われたので、手元にあった棒状のもので反撃したとこ
ろ、それは斧であり、A を死亡させた(相当性の誤想)。
⑷ 〔事例4〕空手有段者Ⅹは、A 男が酒に酔った B 女を介抱しているのを目撃して、A
が B を攻撃しているものと誤信し、A の頭部に回し蹴りを加えて転倒させ死亡させ
た。
⑸ 〔事例5〕A の攻撃から B を守るためにⅩが自動車をバックさせて A を追い払おう
としたところ、B を轢いて死なせた。
3. 以下、それぞれの事例について、誤想防衛にあたるかについて検討する。具体的には、
行為者の認識において、正当防衛(36 条 1 項)の要件が満たされているといえるか、す
なわち、①急迫不正の侵害に対し、②自己または他人の権利を、③防衛するため、④や
むを得ずにした行為であるといえるかということである。
⑴ 事例1では、行為者Ⅹは、①A がナイフを取り出したものと誤信し、②自己の身体を、
③守るため B による攻撃を防ごうとしており、また、④腕を振り上げるという行為
は、ナイフで襲われることに比して必要性・相当性を欠くとはいえない。したがって、4つの要件をみたしているため、Ⅹは正当防衛状況を誤信しており、Ⅹの行為は誤想
防衛であるといえる。
⑵ 事例2では、行為者Ⅹは、①A が不法に侵入してきたと思い、②自己の身体及び財産
を、③守ろうとしており、また、④A を突き返す行為は、不法に侵入してきたことに
対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛状況を誤信してい
るといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故意・過失共通の構
成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階で故意が否定され、誤
想に過失のある限りで過失傷害罪の成立が認められる。
⑶ 事例3では、行為者Ⅹは、①A に角材で襲われ、②自分の身体及び生命を、③守るた
め行為に及んだといえ、防衛の意思が認められ、また、④棒で反撃する行為は、角材
で襲われることに対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛
状況を誤信しているといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故
意・過失共通の殺人構成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階
で故意が否定され、誤想に過失がある限りで、過失致死罪(210 条)が成立する。
⑷ 事例4では、行為者Ⅹは、①A が B を攻撃しているものと思い、②B の身体及び生
命を、③守るため行為に及んだため、防衛の意思が認められる。しかし、から手有段
者であるⅩが、A の頭部に回し蹴りをするという行為は、相当性を欠き、要件④をみ
たさないといえる。また、Ⅹは行為の過剰性を認識しており、この誤想過剰防衛では
責任故意の阻却が認められず、Ⅹに傷害致死罪が成立する。
しかし、Ⅹは「急迫不正の侵害」を誤想して行為に及んだのであり、行き過ぎがあ
っても非難しえない部分もある。したがって、過剰防衛に関する刑の任意的減免を定
めた 36 条 2 項の適用・準用の可否が問題となる。そこで、過剰防衛に関する択一的
併用説を採り、行為者は期待可能性を減少させる心理的切迫状態にあるので、36 条
2 項の適用または準用が認められるべきと解する。ただし、より責任の軽い誤想防衛
の過失犯に刑の免除がないことを考慮して、それと不都合が生じない範囲で任意的
に刑を減軽することが求められる。したがって、Ⅹは傷害致死罪(205 条)の罪責を負
うが、36 条 2 項の準用によって任意的に刑が減免されると考える。
⑸ 事例5では、行為者Ⅹは、①A の攻撃から、②B の身体及び生命を、③守るため行為
に及んだため、防衛意思が認められ、また、④A に向けて発砲しようとした行為は、
A の攻撃に対して必要性・相当性を欠くとはいえない。よって、Ⅹは正当防衛状況を
誤信しているといえる。これより、Ⅹの行為は、(違法)構成要件の段階では故意・過
失共通の殺人構成要件に該当し、その違法性も肯定されたのちに、責任の段階で故意
が阻却され、誤想に過失がある限りで過失致死罪が成立する。

以上