法律勉強道

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刑法総論試験対策 実行の着手

「実行の着手について事例を4つ挙げて説明せよ。」
1. 犯罪とは構成要件に該当し違法かつ有責な行為である。実行の着手とは、構成要件に該
当する行為、すなわち実行行為の開始を指す概念である。例えば、犯罪の実行に着手し
て、それを遂げなかった場合は未遂犯(43 条)になる。つまり、未遂犯が成立するため
には実行の着手が必要である。
2. 実行の着手をどの時点に求めるかについては学説の対立がある。
⑴ まず、主観主義刑法理論に立脚し、犯罪を実現しようとする行為者の意思ないし性格
の危険性に未遂犯の処罰根拠を求める見解からは、犯意が外部的に明らかになった
時点で実行の着手を認めることになる。この見解は主観説と呼ばれる。
⑵ これに対し、客観的刑法理論に立脚する見解からは、①構成要件に属する行為を行っ
た時点で実行の着手を認める形式的客観説や、②結果発生の現実的危険性を惹起す
る行為を行った時点で実行の着手を認める実質的客観説などが主張されている。
この点、未遂犯の処罰根拠を構成要件的結果発生の現実的危険の惹起に求める以
上、実質的客観説が妥当であろう。
もっとも、法益侵害の危険には幅があることから、「犯罪の実行に着手して」とい
う文言による限定も必要であろう。この点で、形式的客観説と実質客観説は相互補完
的ないし相互限定的に機能するものといえる。
3. ここで、具体的な事例をあげ、実行の着手時期はどの時点に求められるかを検討する。
⑴ 〔事例1〕Ⅹは、夜中に、窃盗の目的で店舗に侵入したが、レジに近づきかけた時点
で店員に見つかり逃走した。本件Ⅹの行為に窃盗未遂罪(243、235 条)が成立するか。
窃盗の結果が発生していないために、本件では、本行為が適法な行為なのか未遂犯に
なるのかが問題になる。まず、未遂犯が成立するためには、43 条本文により①犯罪
の実行行為に着手し、②構成要件該当結果が発生していないことが必要である。では、
本件において、Ⅹに実行の着手があったといえるか。本件事例でみるに、確かに、Ⅹ
はレジに近づきかけただけで、レジに手を触れてはいないが、犯行が行われたのが夜
中で人通りが少なく、対象とされたのが店舗であり、通常Ⅹの犯行を妨げるような事
情の発生する可能性は低く、犯行の完遂が容易な状況では、レジに向かい始めた時点
で、金品が奪取される現実的危険性が惹起されているといい得る。したがって、Ⅹに
は窃盗罪の実行の着手が認められ、Ⅹのレジに近づいた行為に未遂罪が成立する。
⑵ 〔事例2〕Ⅹは、クロロホルムを吸引させて A を失神させたうえ(第1行為)、自動車
ごと海中に転落させて(第2行為)、溺死させるという計画を立てたが、意に反して、
クロロホルムを吸引させるという行為によって A が死亡してしまった。このような
場合にもⅩの行為に殺人罪(199 条)が成立するか。
この問題については、①第1行為の時点で殺人罪の実行の着手があったかといえるのか、また、②第1行為の時点で故意があったといえるのかが問題となる。以下、
それぞれ検討する。
ア 実行の着手の有無については、前述したとおり、実質的客観説を採るのが妥当
であろう。問題は、実行の着手をどの時点に認めるかであるが、第1行為が第2行
為と密接な行為であるといえる場合には、第1行為の時点で実行の着手があった
といってよいだろう。そして、密接な行為といえるか否かは、①第1行為が第2行
為を確実かつ容易に行ふために不可欠であったか、②第1行為が成功した場合、第
2行為するうえで障害となるような特殊の事情が存したか否か、③第1行為と第
2行為が時間的場所的に近接しているか否か、等の事情を判断して決することに
なる。
イ 故意の有無についても、実行の着手と同様の基準により判断しうる。すなわち、第
1行為が第2行為と密接な行為であるといえる場合には、第 1 行為の時点で殺人
の故意があったといってよいだろう。もっとも、認識・認容していた因果関係と現
実に生じた因果関係が一致していないことから、更に因果関係の錯誤が問題とな
る。この点、因果関係の認識・認容を故意の要素とし、かつ、事実の錯誤について
法的符合説を採用する立場からは、主観と客観が因果関係の範囲内で符合してい
る場合には、故意が認められることになる。
判例は、第1行為と第2行為の時間的場所的近接性と、Ⅹの計画面を重視し、第1
行為における実行の着手と故意の存在を認め、殺人罪(199 条)の成立を認めた。
⑶ 〔事例3〕Ⅹが殺意をもって熟睡中の A の首を麻縄で絞め(第1行為)、身動きしなく
なった A を既に死亡したものと誤信して海岸砂上に運んで放置した(第2行為)とこ
ろ、A は砂末を吸引して死亡した。このような場合にも、殺人既遂罪が成立するか。
本事案において、Ⅹの予見した構成要件該当結果は、客観的には実現されているが、
その実現は認識していたものとは異なった因果経過をたどっているため、Ⅹの行為
と A の死との間に因果関係を認めることができるかが問題になる。このような惜し
すぎた構成要件実現の事例では、第1行為を殺人の実行行為とみたうえで、因果関係
の錯誤として、行為者の認識した経過と現実の経過がともに相当因果関係を有する
限り殺人既遂罪の成立を肯定することができると考えるのが妥当であろう。
⑷ 〔事例4〕Ⅹは、殺人の意図で毒入りの砂糖を知人宅に郵便小包で送った場合、殺人
未遂罪が成立するのはどの時点か。
ア この点については、まず、行為無価値論の立場から、発送行為に実行の着手を認め
る見解がある。しかし、既遂犯の成否は、行為後の事態の推移である結果の発生に
依存するし、共謀共同正犯や教唆犯、従犯の成立も正犯者の実行に依存するのであ
って、単独正犯における未遂犯だけが行為後の事情に依存してはならない理由は
ない。
イ そこで、結果無価値論の立場から、発送行為が未遂行為(問責対象行為)であり、この時点で責任が問われ、既遂結果発生の切迫した危険を内容とする未遂結果の発
生が認められる到達時に未遂構成要件が充足されると解するのが妥当であろう